トピックスページ一覧 > 編集記 〜2012年〜

編集記 〜2012年〜

編集記

5月 皐月

ゆきげが取組んでいるグリーフサポート(グリーフケア)の活動の一つに「雪わり草」があります。
ゆきげで葬儀をされたご葬家様を対象に、その後のご様子を伺ったり、「わかち合いの会」を開催するといった取り組みですが、その取り組みを通して、私は非常に多くの方が「大切な方の最期に立ち会えなかった」ことを後悔しているのだと知りました。


  • もっと早く連絡を受けていれば、最期に間に合ったのに。一人で逝かせてしまったことを後悔しています。
  • 夜中に、本人から電話があったときに、「明日、早目に行くわね」なんて言って、どうしてすぐに病院に行かなかったのかったんだろう。すぐに死ぬなんて思いもしなかった・・。
  • 病院から危篤と電話があったのに、部屋を掃除したり、急ぎでもない用事を済ませたりして、病院へ行く時間を遅らせてしまった。どうしてすぐに駆けつけなかったのか、今でもわかりません。

お話を伺っても、私たちに返す言葉は見つけられません。

昨年公開された「エンディングノート」の映画やテレビドラマなどでは、枕元に家族が集まって大切な方の最期を看取るシーンがありますが、一人で最期のときを迎える方も多いように感じます。

私の義父は、元気に暮らしていたある日の夕方、いつものように夕飯前にお風呂に入り、「今晩は何の肴かな?」と晩酌を頭に浮かべながら、いわゆる心臓麻痺(医師の話では、苦しむこともなく、一瞬の間に亡くなってしまったでしょうとのことでした)で、浴槽の中で亡くなりました。義母は、すぐそばの台所で食事の支度をしていました。
すぐ近くにいても、最期の会話が出来ないこともあるのです。

亡くなる2週間ぐらい前が義母の誕生日でした。
義父は結婚して初めて「いつも、ありがとう」と言って、義母に花をプレゼントしたそうです。義母は、「変わったことをするわね」と思ったそうですが、後で考えると「虫が知らせたのかしらねぇ」と。
でも、その「ありがとう」のひとことは、義母にとってその後の生きる支えになり、義父も感謝の気持ちを伝えられたことに満足していたのではないかと思います。

昨年の震災で、私たちはいつ何が起こるかわからないことを体験しました。
そして、病で入院している人でなくても、明日また会える保証のないことを、日々のニュースでも見聞きしています。
「わかってはいるけれど・・・」と逃げないで、今出来ること、今伝えられることを実行することが、大切な方を喪ってから後悔の日々を送らないための唯一つのことだと、みなさんにお伝えしていくことも、雪わり草の取り組みの一つではないかと、最近スタッフと話しています。もちろん、自戒も含めて。

編集記担当:川嶋


4月 卯月

近年、独居老人の「孤独死」が増え、マスコミで取り上げられて社会問題にもなってきました。「ゆきげ」では2009年2月に、講師(遺品整理のキーパーズ社長吉田太一氏)をお招きして、“本当の「ひとり」にならないためのアドバイス”をお話しいただきました。参加された方は103名いらっしゃいましたが、それぞれが人生を振り返る好機となったのではなかったでしょうか。
さて、最近は「孤立死」という言葉が、新聞などに出てきました。
「孤独死」が、「一人暮らしで、社会とのかかわりが浅くなりがちな方(=高齢者)が人知れず亡くなっていたこと」であるなら、「孤立死」は、「ご近所づきあいもそれなりにあったご一家が、病気の悪化や窮状を誰にも気づかれないまま、亡くなられていた」ということでしょうか。詳細の検証は専門家に委ねますが、ニュースを聞いて「どうして?」と思われた方は、多いと思います。震災後に、「つながろう!日本!」というスローガンがあったのに、「絆は、被災地だけにあればいいの?」と悲しく、寂しい気持ちになります。
「ゆきげ」の葬儀施行でも、1996年度の葬儀1件あたりの会葬者平均は180人だったのが、2011年度は50人に減っています。ごく親しい方のみが故人様とお別れをして、お隣の方が亡くなったことさえ知らされないことも増えている現状ですので、このままでは「孤立死」はこれから増えていくような気がします。

プライバシーの尊重や個人情報保護が優先されて、小学生の緊急連絡網や町内会の名簿が廃止された地域は多いと聞きます。悪意ある利用者に情報がわたることを恐れ、そういったものを廃止してきた時流の中で、私たちは、いつの間にか周りの人に関心を持つこと自体が「悪いこと」と捉えられるようになってきたのではないでしょうか。
暗くなっても電気がつかなかったら、「どうしたのかな?」と気遣い、朝に雨戸が開かなければ「おはようございます」と呼びかけてみる、そんな周りを思いやる気持ちは、「廃止すべきこと」ではなかったはずです。
「個人情報保護」が叫ばれて久しい今、私は、地域と個人のつながりのあり方を、見直す時が来ているのではないかと思っています。
映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の世界に戻ることは出来ませんが、煙草屋のオバサンのおせっかいは、やっぱり今も必要に思えますもの。

さて、義父が亡くなってから一人暮らしをしている義母ですが、下町に50年以上住んでいますので、「孤立死」の心配はなさそうで安心しています。
逆に、「雨戸が締めっぱなしだと心配されるので旅行に行く時は、両隣に声を掛けて出かけないといけないので、お土産が大変だわ」と嘆いています。
「お義母さん、80歳を過ぎて、お友達と旅行に行かれるのは幸せですよ。そのお土産代くらいは安心料として私が出したいと思っていますので、大いに楽しんできてください」と伝えたいと思っています。

編集記担当:川嶋


3月 弥生

 2月7日にゆきげ倶楽部読者限定お墓の引越し(改葬)セミナー&個別相談会」を開催しました。

 先祖代々や両親のお墓は郷里にあるけれど、年々知り合いも減り、郷里には帰ることが少なくなってお墓参りの回数が減ってきている。この際、自宅の近くにお墓を移してこようと思うけれど・・・さて、何から手をつければいいのか・・・。
ニュースレターの返信ハガキに、このようなお悩みを抱えていらっしゃる方から「お墓の移し方について詳しく取り上げて欲しい」という内容をたくさん頂戴していました。
そこで、ゆきげ提携石材店のご協力も得て、お墓の引越しについてのセミナーと個別相談会の実施となりました。

 当日は、あいにくの雨模様でしたが、41名の方にご参加いただき、寒さも吹き飛ばす熱いセミナーとなりました。
始めに、昨年お墓参りに行かれた回数を伺ったところ、多くの方が1回以上との回答でしたが、中には「遠方である」ことから一度もお参りできなかったという方もいらっしゃいました。
宗教や供養に関する考え方が多様化しているといわれていますが、やはりお墓参りに関しては、「きちんとお参りしたい」とお考えであること、また、なかなか行かれないことに申し訳なさを感じる方も多いようです。

 住宅の引越しと違い、お墓の引越のは一生に一度あるかないかのこと。方法がわからない分、どうしても腰が重くなりますよね。
しかし、手続きの流れなどが分かれば、動きだせる気がしてきます。
同じようなことでお悩みの方は、まずは気楽にこのようなセミナーに参加されてみるのもいいかと思います。

 ところで、お墓参りは「ご先祖様のご供養のため」だけではなく、自分自身のために行くとおっしゃる方も多くいらっしゃいます。
お墓に向かって手を合わせることで、なんとなく心が落ち着いてくるのだそうです。
ご先祖様に近況を報告することは、それらの事がらを自問自答し、自分の心と対話する大切な時間になるのではないでしょうか。

 私の友人は、義父のお墓が自宅の近くにあり、子供たちが小さいときから折々にお墓参りに連れて行ったので、その子たちが結婚して子供が出来てからも、普通のこととしてみんなでお墓参りに出掛けているそうです。
ご先祖の眠るお墓を前にして、孫にとっては会った事のない曾祖父のことや、今は孫の親となった自分の子供たちの幼かった頃のことなどを話していると、自然と家族の歴史や、親から子 子から孫へと続く愛情のリレーが確認できるそうです。
核家族化がすすむ現代、日常にこんな行事があったら家族の絆も強まりそうですよね。

さて、我が家。義父が建てたお墓は、車で3時間、往復で6時間以上掛かってしまうから・・・、言い訳です。

編集記担当:川嶋


2月 如月(きさらぎ)

2011年の今年の漢字「絆」について、社内の会議でちょっとした論議となりました。
一般的には、「人と人との断つことのできないつながり。離れがたい結びつき」と解釈するのですが、もう1つ「馬や犬などの動物をつないでおく綱」という意味もあるのです。
多くの人は、「人と人とのつながり」を思い浮かべたのでしょうが、「逃げないように、逃がさないようにするための綱」となると、みんなが思い浮かべた「絆」とは、かけ離れてしまう。また、今なおご家族のご遺体が見つからない方や仮設住宅での生活を余儀なくされている東日本大震災の被災地の方々にとっては、まだまだ「絆(人と人とのつながり)」を感じるまでの気持ちにはなれず、2011年の漢字は「災・難・震」なのではないか・・・そんな話し合いでした。
編集記を書いたり、ニュースレターを編集している者として、“言葉”には一層慎重に、敏感にならなくてはいけないと感じた出来事でした。

ゆきげの雪わり草の取り組みの中でも、「ご主人を亡くされて、もう1年たったから、元気になったでしょう?」と言われることがあるけれど、私にとっては「まだ1年です」とお話しいただくことは多いです。
しばらくぶりに会った人の「元気そうで、よかったわ」の言葉も、その人に悪意がないことはわかっていても、「もう元気にしてなくちゃいけないのね」という気持ちになって、何も話したくなると・・・。
私は、雪わり草の取り組みの中でいろいろなお話を聴かせていただきます。夫が元気にしている私は、ご遺族と同じ気持ちにはなれません。また、たとえ同じように伴侶をなくされた方同士でも、同じ気持ちではないことを、今回の震災で多くの方が体験したことだと思います。

私は、グリーフサポートをするにあたり、同じ気持ちにはなれないけれど、つらく、悲しい気持ちをわかろうとする心を常に持って、ご遺族と向かい合っています。わかろうとする気持ちが通じて、硬く閉じた心のフタをあけていただく、「北風と太陽」の太陽のような存在になれたらいいなあと思い、そのためには私自身もあたたかいエネルギーを蓄えておかなくてはいけないと、日々心の充電方法も模索しています。
5年間の雪わり草の取り組みの中で、自分の心が安定していなければ、誰かの悲しみを聴くことはできないことも多くの方から教えていただきました。ありがとうございます。感謝です。

編集記担当:川嶋


1月 睦月

1月の陰暦の名称は「睦月(むつき)」。お正月に親類知人がお互いに往来し、仲睦まじくする月からきているとか。みなさまはどのようにお過ごしでしょうか。
年末恒例の「今年の漢字」も、2011年は「絆」でした。未曾有の大震災で誰もが、「命」や「絆」を深く考えた昨年でした。

家族の中のひとりが亡くなると、今まで円満だと思っていた家族関係が、急にギクシャクしだすことがあるようです。絆がほどけてしまうのでしょうか。
ゆきげの「雪わり草」をご利用いただいた方の中には、愛する人を亡くした悲しみでいっぱいなのに、家族にまで冷たくされて、もうどうしていいかわからないと、お話される方もいらっしゃいます。
家族とは、みんなで手をつないで大きな輪を作っていると考えることが出来ます。その中のひとりが抜けたら、もう同じ大きさの輪は出来ません。もう一度手をつなぎ合っても、みんなの力のバランスがくずれて、まあるい輪になるには時間がかかるようです。
そして、悲しいことですが、前と同じ輪には決してならないのです。誰かが欠けたら、今までと違ってくるのは、自然なことなのかもしれません。
でも、再びつなぎあったそれぞれの手には、亡くなった方のあたたかい想いが永遠に流れ続けているのではないでしょか。

ゆきげは、“葬儀は辛く、悲しい出来事ではあるけれど、「死」を通して一人ひとりが、「生きること」の尊さに思いを馳せる大切な時間” と考えています。
大震災で多くの方が亡くなった昨年は、私たちに深い悲しみを残しました。しかしそれと引き換えに、自分自身にも「明日が必ず来るとは限らない」ことに気付かせてくれたといえるのではないでしょうか。
新たな年を迎え、そのことを胸に、私は今日一日を感謝の心で大切に生きようと深く心に刻みました。

編集記担当:川嶋


2012年2011年2010年2009年2008年2007年2006年2005年

TOPに戻る

前のページに戻る

※クリックしても前のページに戻らない場合は、以下より、ご覧になっていたサイトをクリックして下さい。
葬儀のゆきげ | 仏壇のゆきげ | 香典返しのゆきげ | 霊園のゆきげ | 墓石のゆきげ

グリーフサポート資料請求「個人情報の保護」について会社概要「ゆきげ」へのリンクについて
©2000- 株式会社コープ総合葬祭 TEL:045-473-0534
 
生協のお葬儀「ゆきげ」 姉妹サイト

グリーフサポート

生協の葬祭サービスゆきげは 大切な方を亡くされた方の 悲嘆(グリーフ)をサポートする 「グリーフサポート」への 取り組みを行っています。